実務家大学院生のための「学術発表」の作法

実務の現場で活躍されている皆さんが、「研究的な」プレゼンをする際、直面する問題に「作法」の違いがあるようです。

「価値のある経験や示唆」だと感じられる演題も、学術発表の作法に沿っていないために、
「研究としては判断できない(=評価不能・不可)」として扱われてしまう場面を見てきました。
(医学系では、実践家の演題が多いため)

以下は、研究発表会(課題演習を含む)において「研究的にする」ためのレシピのようなものです。
関心がある方は、スライド作成前に目を通していただければと思います。

1. 心得・学術モードに意識を切り替える

● 「巨人の肩に乗る」姿勢

研究は個人的な気づきから始まりますが、一人で完結するものではありません。
学術研究では一般に「巨人の肩に乗る」という姿勢が求められ、これは次のプロセスを指します。

① 自身が知覚している問題や違和感を言語化する
② その問題が、既存の研究においてどのように議論されてきたかを調べる(先行研究の検討)
③ 先行研究の蓄積を踏まえた上で、自身の知見を限定的に付け加える

研究は、「誰も考えたことのない主張」を提示することではなく、
既存の知見の文脈の中で、自分の立ち位置を明確にする営みかもしれません。

●引用なき主張は「 危険信号 」と心得る

背景や考察において、文献(出典)の裏付けがない文章は、「個人の思いつき」とみなされがちです。

考察では、自分の結果を正当化するために、都合の良い解釈をしたくなる瞬間が必ず訪れます(むしろ、そんな瞬間ばかりかもしれません)。
しかし、研究発表とは、知見を「別の誰かに活用してもらう」ために行うものです。
信頼性を担保するため、主観的な解釈はぐっとこらえる必要があります。

主張を展開してよいのは、以下の2パターンと心得る。

  1. 自分自身から言えること:分析から得られた「結果」のみ
  2. それ以外の主張:「支持する文献」、「対立する文献」を引用する

「自分が言えること」を厳しく限定する姿勢が、研究・発表の質を高めるかもしれません。

●主語を「データ」にし、「筆者」は一歩下がる

ビジネスプレゼンでは「私はこう思います」が許容されますが、研究発表では好まれません。

「データ・結果」が主語: 分析結果を語るとき。「本研究の結果は~を示した」
「筆者」が主語: 考察や提言で一部利用するときがある。「筆者は~と推察する」

この境界線が混ざると、信頼性が損なわれます。
誰が書いても同じ結果、結論になる(再現可能性のある結果・論理展開)ように意識することは大切かと思います。

● 「串刺しの論理」を通す

RQとConclusionの一致が大切です。
スライドの冒頭(タイトル・目的)と、最後(結語)を並べて読んだときに、冒頭の「研究目的(問い)」と「最後の結語(答え)」が一貫しているか。

  • NG例:「現状を明らかにする(問い)」と言いながら、最後に「教育が必要だ(提言)」と結論。
  • NG例:「関連を検討する(問い)」と言いながら、結果で「因果関係」を断定。

冒頭の問いに対して、Yes / No / 程度 の形で直結する答えを置くように心がけてください。

2. 構成:学術発表の基本型(私見)

独自性よりも、型通りであることが学術発表では好まれます。
審査する人の思考も、この順序で思考することに慣れていると思うのでご参考までに。

① 背景(Background):なぜ今、これを行うのか

問題の外部化
個人の経験(N=1)ではなく、文献や既存調査で「共有された課題」であることを示します。

リサーチギャップの整理
「何が分かっていて、何が分かっていないのか」

目的の明確化
本研究は、その「分かっていない部分」を どこまで・どの方法で明らかにするのか

② 方法(Methods):再現可能性と倫理の提示

方法はレシピのように具体的に
「誰に」「いつ」「何を」「どのように」行ったのかを 第三者が再現できるレベルで記述します。

倫理的配慮の明示
倫理審査承認番号、説明と同意の取得などは必須事項です(課題演習では不要です)。

③ 結果(Results):問いに関係する事実のみを示す

考察は書かない
「多い」「少ない」「興味深い」などの形容詞はノイズです。

数値と事実のみ
割合、有意差、平均値などを淡々と提示します。

問いに応える結果だけを出す
すべての分析結果を並べる必要はありません。
問いに応え、方法で論じた分析のみを”選んで”出力する。

図表の自立性
タイトル・軸・単位だけで意味が分かる図表を作成するように心がける。
過度な装飾や3D表現はノイズ。

④ 考察(Discussion):結果の意味づけ

問いへの答えを概観する(Main Findings)
本研究の問い(RQ)に対する「主たる結果」を端的に述べる。
細かい数値の羅列ではなく、「結局どうだったのか」を宣言。

「巨人の言葉」でメカニズムを説明する
なぜ、そのような結果になったのか?
自分の想像ではなく、既存の理論や文献(巨人の言葉)を借りて、結果の背景にあるメカニズムを説明します。

先行研究との比較
あなたの結果は、過去の研究と「一致した(Consistent)」のか「矛盾した(Inconsistent)」のか。
相違の理由を論理的に推測:結果が違う場合、その理由を構造的に説明します。
「対象者が違うから」「測定方法が違うから」「時代背景(コロナ禍など)が違うから」など、客観的な条件の違いから論じます。

社会への実装・提言(Practical Implications)
ここが実務家の腕の見せ所です。
明らかになった事実(論理展開)を、社会や現場でどう活用できるか。
ここでは、「結果に基づく」という条件付きで、筆者のアイデアや現場感覚を提案として組み込むことができます。
「本研究の結果は、〇〇という施策が有効である可能性を示唆している(論理的提案)」

限界の明示(Limitations)
本研究では「言えないこと」「扱えなかったこと」を明確にします。
自ら限界を認めることで主張全体の信頼感を演出します。

⑤ 結語(Conclusion):問いへの端的な答え

目的に対する答えを、簡潔に述べます。
ここで新しい主張や話題を出さないでください。

3. 注意事項(避けるべき表現・態度)

× 根拠のない主張

文献やデータの裏付けがない断定は、研究発表では良くないです。
「引用なき主張は妄想」と心得るとよいかもしれません。

× 結果での形容詞使用

「多かった」「非常に」などの主観的表現は避け、数値で示してください。
多いかどうかを判断するのは読み手・聴衆です。

× 根拠なき「べき論」

制度提言や実務提案を行う場合は、「〇〇すべきだ」ではなく、「本研究の結果は、〇〇の必要性を示唆している」と表現に留めるのが上品です。
データから論理的に言える範囲にとどめる勇気が重要です。

最後に

ここに書かれている内容は、特別な技術ではありませんし、決定版と呼べるような代物ではありません。
白目を剝きながら論文を書いている最中に書いてみようと思い、書いたものです。
なので、妥当性はないが、本音で思っていることが凝縮されていると考えてもらえるかとも思います。

あくまでも参考程度にしてもらえればと思います。

追伸:万が一、プレゼン時間が余るならば(課題演習限定)

「串刺しの論理」を徹底し、無駄を削ぎ落とした結果、「発表時間が余る」という現象が起きてしまった場合
無理に説明を繰り返して引き伸ばすのではなく、「研究プロセスでの気づき(苦労話)」を共有するのも良いかもしれません。

「変数の定義をひとつ決めるのに、こんなに文献を読む必要があると知った」
「最初は〇〇という分析をするつもりだったが、データの制約で断念した」

「完成したスライドには載らない、舞台裏の気づき」こそが、有益な知見になる場合があります。
(時間が余って仕方ない方は)プロセスで得た「研究という営みへの感触」を、ぜひ言葉にしてみてください。